04/09
■剣(3)
「おっと」
ドーナツに気をとられていたあまりに、人にぶつかった。
「悪い。大丈夫か?」
相手は天海より一回りも二回りも小さい少年だった。少年はぶつかった拍子にショーケースに手をつき転倒は免れていた。
少年は詫びる天海を仰ぎ、その目を見つめている。
しっかりと目が合っていた。
金髪碧眼の、文字通り美少年だった。モデルと言っても通る整った顔立ちに宝石のような瞳がよく似合っている。女よりも綺麗な顔に見つめられ、戸惑う。
気まずさを感じて視線をそらそうとするものの、少年の目は天海を捕らえて離さない。
「あのさ、俺の顔って珍しいのか?」
困った挙句、出てきた言葉はどこか見当外れだった、口元は切れているけれど、そう珍しいことでもない、もっとも、少年がそんなものに興味を持ったようには見えなかった。
「君が剣の今の所有者か?」
異国の少年が天海に問いかける。鈴のようなボーイソプラノに、滑らかな日本語だった。だが、問いかけは問いかけではなかった。疑問形ではあるものの、半ば確認するような、確信めいたものを含んでいた。
「剣?」
昨日に引き続き、非現実的な単語が唐突に現れた。単語を反芻してから少し前まで話題にしていたものだと気付く。
「ミハエル、決まったの?」
レジに並んだ女の声に、少年は無邪気な返事をした。どこにでもいるような幼い少年の返事だった。
「いずれまた会おう」
返事とは全く違う、大人びた口調で言い残し、少年は女の元へと駆けてゆく。後姿は歳相応の子供だった。金色の髪がふわりと揺れる。
「『今の』?」
清算を済ませ、店を出て行く少年と女を見ながら、天海は呆然と佇んでいた。