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■剣

 これといって兆しはなかった。安っぽいファンタジーのように神からの啓示もなかった。
 天海雅人は目の前に転がるそれを、とりあえず拾って学校へと急いだ。

「剣、拾っちゃったんだけど」
 一番後ろの席で蕎麦を食っている新堂七規に話しかける。天海が、登校してまずしたことがこれだった。
 コンビニの盛り蕎麦をすする新堂が「あ?」と天海を見る。
「また変なモノを拾ったな」
「普通だな」
「いつものことだろ」
 朝の教室。これだけ人がいるにも関わらず、誰も天海の持つ剣に関心を寄せない。
 もう少し驚くなり、珍しそうにするなりといった反応があってもよさそうだが、至って教室内は普通だった。
「普通で困るのか?」
 ずずず、と蕎麦つゆをすする。塩分過多、と天海は思うがいつものことなので何も言わない。
「いや、別に普通でいいんだけど」
 蕎麦を食い切った新堂は次に握り拳大のおにぎりに取りかかる。良く食べる、としか評しようがない。この細い身体にどう吸収され、どう使われているのか。これだけ食べても昼までもたないと言うのだから更に不思議だ。
「で、どんな剣なの」
 租借しながら新堂が問う。口に物を入れたままでどうして明瞭に話せるのか、それも不思議だった。
「こんなの」
 天海が掲げて見せたそれは、まさしく剣だった。握りに白い布が巻かれている。布は手垢で汚れ、ところどころが赤い。海老茶の鞘には麻紐のようなものが巻きついている。まるでテレビゲームに出てくるような剣だった。
「日本刀じゃないな。これ、抜ける?」
 言われて天海は柄を握り、引く。何度かその動作を繰り返し、首を振った。
「抜けない」
「マジ? 貸してみ」
 天海の手から剣を取る。思った以上に重い。鞘の先が床についた。
「あー、ホントだ。抜けね」
 柄を引っ張ると、途中までは抜ける感覚がある。しかし、刀身が現れる前に、引っかかる。柄と鞘に数センチの差ができたところでそこから抜けなくなる。
「何これ。変な形でもしてんのか?」
 かちゃかちゃと音を鳴らしながら抜いたり戻したり、挙句には鞘を足で挟んで両手で引っ張る。さながらおもちゃと格闘している子供のようで、微笑ましい。
 やがて諦めた新堂は天海に剣を返した。
「それ、本当に剣? 中身は別物とかじゃねぇの?」
「さあ。抜けたら抜けたで困るけどな」
「そうね。気軽に燃えないゴミに出せるもんじゃないからね」
「硫酸で溶かせばいいよ」

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