参考→剣
02/18
■剣(2)
部活は引退したし、学校に残って勉強するほどガリ勉でもない。天海雅人にとっては放課後は自由時間であり、早く家に帰ろうが街で遊ぼうが、好きにできる。
友人の新堂七規に「ゲーセンに寄る」と言われた時も深く考えずについていった。
騒々しく混じりあった音と、ぎらぎらとした光を放つ画面が二人を迎える。新堂はまっすぐ目当ての台に座り、投入口のそばに百円玉を数枚、重ねて置いた。別のところなら嫌な顔をされるだろうが、ここでは安心だった。気兼ねなく台を独占していられる。周囲を見ても人の姿は少ない。場所が悪いのか、ここはお世辞にも人気のゲームセンターとは言えなかった。
学校ではきっちりしているネクタイを緩め、今、新堂は格闘ゲームに熱中している。
天海は隣の台の椅子を持ってきてその様子を眺める。ゲームに興味がないわけではなかったが、これといってやりたいものもなかった。好きだったゲームがなくなったのが先週、やりたいと思っている新台が稼動するのは明後日。他のゲームで暇を潰してもよかったが、明後日のために小遣いを残しておきたかった。
新堂が三人目を倒したところで、天海の肩が叩かれた。新堂ではない。
見れば、薄茶の髪の男が背後にいた。セルフレームの眼鏡を外し、確認するかのように天海を見る。顔から制服へ、制服から顔へ視線が移る。気の済むまで眺めてから、大声で話しかけてきた。
「ちょっと話あんだけど」
「カツアゲならお断り」
やはり大声で応える。ゲームのBGMがいっぱいに響くこの空間では大声でなければ会話も出来ない。
さらりと流して天海は新堂がプレイする画面を見る。この近辺で金を巻き上げられている場面は幾度も見ている。素行が良くない者が多いのも、ゲームセンターが流行らない理由の一つだった。
「ちげぇよ。あんた自身に用があんだよ」
男は肩の手に力を入れ、天海を立たせようとする。男の手を振り払い、天海はゲームの台に肘をついた。
「俺に用なら別にここでもいいだろ」
「大事な用なんだよ。心配ならそこのオトモダチに財布預かってもらえ。んなもん取る気はねぇ」
しつこく天海の手首を握り、持ち上げる。どうしても連れていきたいらしい。手首を握った力が強くて、天海は悲鳴を上げた。
「痛いっつーの! わかった、わかったってば!」
立ち上がれば新堂に財布を渡す暇もなく、引きずられるように人気のないほうに連れていかれる。心配そうな新堂の顔が遠ざかっていく。薄情な親友はそれでもボタンを押す手を止めない。
子供向けのゲームがあるコーナーまで連れて来られた。子供がこんなところに来るはずもなく、いい大人はこんなもので遊ぶはずもなく、誰もいない。両替機の向こうに新堂が見えた。
コインを入れれば音が鳴り出すゲームばかりで、先ほどの場所よりは幾分話しやすい。
男が手を離した。クレーンでラムネを取るゲームに寄りかかる。天海は手首をさする。赤い手の跡がついていた。
「ケン持ってんだろ?」
ケン、という単語が浮いていた。あまりにも非現実的すぎて漢字にならず認識される。
何ですかそれ、と聞く前に、
「ケンだよ、ケン。刃物の剣」
と丁寧に三回も繰り返してくれた。
「剣?」
「剣」
天海がよほど変な顔をしていたのか、男がどんな剣か説明を始める。柄はこうで鞘はこうでこんな形状で、とついさっき見てきたかのように教えてくれる。
それがこの前拾ったものと同じだと気付いたのは、男が十回ほど『剣』という単語を繰り返してからだった。
「持ってんだろ? 出せよ」
カツアゲと同じじゃないか。思っても天海は言わない。力では負けると素直に認めた。
男は天海より少し背が高いだけで、体格がいいわけではない。むしろ細いくらいだ。年頃は同じか少し上くらいだろう。長めの髪は薄茶に染めただけで、特に手を加えている感じはしない。よく見れば整った優しい顔立ちをしている。だからこそ、あの力がどこから出てくるのか不思議でたまらない。
「持ってない」
「嘘言うんじゃねぇ。俺はお前が持ってるところを見たんだ」
天海が言い切ると、男が声を荒げた。別のコーナーの音楽に殺され、荒げても迫力は感じられなかった。
「はぁ? どこで見たっていうのさ。俺はあんたみたいな人、会ったこともなければ見たこともないけど。目の錯覚じゃないの?」
天海は剣を持ち歩いていなかった。現実感のないそれは、持っているだけで目立ってしまう。拾った時は学校の近くだったからそのまま登校してしまったが、放課後はさすがに家に持って帰るだけの勇気はなかった。しかたなく、信頼できる保健室の先生に事情を話して預かってもらっている。今でも保健室の奥のロッカーには使い古しのシーツに包まれた剣が眠っているはずだ。
男に見られたのだとしたら、登校中のことだろう。