参考→普通の人 朝日

02/04

■nameless

「旭さん、質問があります」
 身を低くし、瓦礫の向こうをうかがいながら高志は聞いた。
「あいつは何者ですか」
「何者でもありません。ただの化物です」
 イヤホンの奥からノイズ混じりに聞こえてきたのは、淡々としたオペレーターの声。
「あれは失敗作です。廃棄処分対象です。コードネームもすでに廃棄されています。速やかに任務を遂行してください」
「遂行しろ、って言ってもなぁ」
 無理だよ、と声に出さずぼやく。手に持ったハンドガンのマガジンを交換した。弾倉の交換は素早く、そして残りの弾数はしっかり把握する。射撃の教官が教えてくれた、最大にして唯一の心得だ。
 手持ちの武器も残りわずか。早く決着をつけないと命取りとなる。
「旭、ホークはどうした?」
 生き残っているはずの同僚の行方を問う。投げつけられたコンクリートの塊が直撃し、吹き飛ばされたところまでは確認した。すぐに目標が自分へと転じ、逃げまわる羽目になったから、その後がわからない。人一倍丈夫なホークのことだ。生きてはいるだろう。だが、
「俺1人じゃ無理だ!」
 一呼吸おいて、旭の声が返ってきた。
「返答がありません。彼の周辺には、特に強く、ジャミングがかかっているようです」
 高志は聞こえないよう、小さく舌打ちした。ホークの生死がわからない今、頼りになるのは己しかいない。いや、
「頼むよ、相棒」
 両手の中にある二丁の拳銃に呟き、耳をすませた。
 破裂音、 崩壊音、破壊音。
 考えうる限りの騒音が巻き起こり、その中で確実に近づいてきているものがある。
 ガラスが割れる音、鉄管が無造作に転がる音。奴は障害を何とも思わない。目の前にあるものは、投げ飛ばし、壊し、強引に道を作る。
「パワフルだな」
 高志の皮肉に、旭は真面目に応える。
「強襲型として開発されましたからね。パワーだけなら最高ランクです。腕を一振りするだけで、小型のビルならば倒せるだろうと言われています」
 平和な日本のどこで使うんだよ。戦争でもはじめるつもりか?
 心の内で毒づきながら、張り詰めた全身の筋肉を引き絞った。
 破砕音。
 後に残ったのは、雹のように降り落ちる鉄屑の乾いた音。
 背筋を冷たい汗が伝う。今度こそ死ぬかもしれない。そう考えただけで身体が緊張する。恐怖している自分の生への執着に驚きながらも、精神が高揚する。
「いつまでも寝てるなよ!」
 無線機越しにホークに呼びかけ、9mmパラベラムを撒き散らしながら飛び出した。

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