02/03
■朝日
「あんな双子を庇うからこういうことになるんだ」
少年の手に握られた銃が高志を見つめている。
「双子なんか構わなければ、あんたなら逃げられた」
コンクリートの壁に背を預けた高志は何も言わず、少年の言葉を聞く。
武器はもうない。穴の空いた身体だけが全てだ。折れた右腕を左手で支える。辛うじて皮一枚で繋がっている右腕を抱えて現状を打破するのは、難しい。
「双子に何の価値がある。すでに終わった研究が残した残骸、言うなれば産業廃棄物だ。産廃はしかるべき処置をして捨てる。そのくらいわからないのか」
腿が痛い。少年の足が高志の左腿を踏みにじっている。鉄板が入った靴底の下から新たに血が流れ出た。ぼろと化したグレーの服が紅く染まる。わずかにしかめた高志の眉間に、銃口が突きつけられる。
「何故抵抗しない。双子を抱えて組織を飛び出したくせに、こんな時にはおとなしいなんて、らしくない」
「お前こそ、どうして俺を殺さないんだ」
喉が鳴る。震える声は恐れのせいじゃない。肋骨がやられているからか、空気が抜ける音が耳障りだ。
「ここで止めを刺しても、このまま放っておいても俺は死ぬ。自分の身体のことぐらいはわかるからな。本当ならば生きていることが不思議な状態だ、ってこともな」
少年が奥歯を噛む。
「わざと俺を生かしてるんだろう? 治癒はお前の十八番だもんな、旭」
口の端に笑みを作る。擦過傷だらけの顔が旭を見た。
「ちっとばかし特殊な訓練受けてても、俺は所詮ただの人間だ。出血多量でオダブツ、なんてのもある」
「逆らうのは、恐くなかったのか」
旭の声も震えていた。銃把を握る両手に汗が滲むのを感じた。撃鉄を起こす指が細かく振動するのを感じた。
彼が所属する組織、守護局は社会の裏で暗躍する特殊能力者の集団だ。その特殊さゆえに衆人の目に触れることは禁忌とされた。世間の手が入り、光の下にさらされることを、組織は望まない。だからこそ、手駒となる非能力者を多く有した。何かあれば彼らを切り捨て、組織は逃げる。トカゲと同じだ。本体は徹底して身の安全を守る。尻尾はまた再生する。非能力者はまだ手元にいる。
協力者には寛大であり、裏切り者には容赦ないのが、守護局だった。
裏切り者の末路を、旭は何度も見てきた。殺す、などという生易しいものではない。あるいは心を破壊され、あるいは生きたまま焼かれた。死んだほうがマシ、と見ている者でさえ思う。
だから、旭は高志の始末を申し出た。
「恐いよ。恐いけど、双子を見ていたらやり切れなくなった」
「それは、あんたも試験管から生まれたからか」
「そうかもしれないな。自分を思い出したのかもしれないな」
試験管から生まれ、研究所で育った人間は人の温もりを知らない。
「俺は双子に人を教えてやりたかった。敵意も好意もわからないまま、殺人機械にされるのはあんまりだと思った」
「それだけか」
「それだけだ」
低く、高志が笑う。まだ幼い双子の男女が思い浮かぶ。同じ顔が高志を見つめ、無邪気な笑顔をつくり、明るい声が彼を呼ぶ。男のほうが少し青みがかった瞳をしている。女のほうは赤だ。
しばらくの間共に暮らすことで双子は驚くほど人間くさくなった。初めて出会った頃の人形のような冷たさは欠片もない。人として笑い、人として泣く。学校で喧嘩してくることもあった。もしかすると恋も経験していたかもしれない。
陳腐だが、幸せな日々だった。
「女の腹から生まれようが、ガラス管から生まれようが、人間は人間だ」
高志の言葉が旭の身体に突き刺さる。
訓練と食事と睡眠しか書かれていない予定表。装置に繋がれ、訓練に明け暮れる日々。同年代とはデータの上の人物でしかない。E34がまたトップを取った、D92がランク表から消えた、J08が伸び始めた。試験管から生まれた自分たちは認識番号イコール名前だった。
「双子に名前はつけたのか?」
資料にあった双子の名前はST-90aとST-90bだった。
「つけたさ。でも、もったいないから教えてやんね」
日常の会話と同じ口調で高志が言った。言葉の端に、ほんのりと幸せを漂わせながら。
自分にも、こんな人がいれば良かった。
「高志」 旭の視界が滲んだ。「あんたのこと、好きだったよ」
「俺も、お前が好きだったよ」
ゆっくりと、引き金が絞られた。