第6話
少女は待っていた。
目印も何もない草原の只中、膝を抱えて座っていた。
頭頂部から伸びる兎の耳がぱたぱたと羽ばたくように動く。
「ヒマヒマだよー」
耳だけじゃ飽き足らず、足まで落ち着き泣く動かす。
「ホントにくるのかなー? あやしいぞー」
少女はポケットから手紙を出してもう一度中を確認した。確認したと言ってもただ広げて眺めただけだ。少女は字が読めない。
「ハルトパパ、ウソついたのかなー」
手紙が読めない少女は知り合いの鍛冶屋に口頭で読み上げてもらった。その時なぜか鍛冶屋は全身傷だらけ、おまけに大層眠そうだったのだが、少女が理解してきちんと覚えるまで丁寧に内容を教えてくれた。
知らない人の名前と、知らない場所と、今よりちょっと前の時間。
これだけ覚えたところで鍛冶屋は満足そうにうなずき、そのまま力尽きて床に崩れ落ちた。少女は驚いたけれど、よくよく見れば鍛冶屋は寝ているだけだった。自分一人の力では大の男を寝所に運べるはずもなく、やむなく床に寝かせたまま、毛布だけをかけて家から辞した。
それから忘れないうちにとまっすぐここにやってきた。
早く行けば時間なんて忘れちゃっても大丈夫。
着いちゃえば場所なんて忘れちゃっても大丈夫。
少女は少女なりに物事を考えている。
それから太陽が一回沈んで月が出て、また太陽が出てきた。
同じ場所でずっと待っていた。
「おなかすいたなー。パパにお弁当つくってもらえばよかった」
不貞腐れて更に耳の動きが激しくなる。短い尻尾までぴょこぴょこと動き出す。
「もー、メイは怒ったぞ!」
すっくと立ち上がったその背後に、
「何これ?」
箱が落ちていた。無地のそっけない白い箱。
「開けていいかなー?」
箱の前にしゃがみこんで眺め回す。実は箱には文字が書いてあるのだが、もちろん少女には読めない。開けていいかどうか訊いたところで答えてくれる人もいない。
「どうしよっかなー。開けちゃおっかなー」
しゃがんだままぐるぐると小さな箱の周りを回り出す。時計回りで十周したら目が回った。目が回ったので、今度は逆時計回りで十周した。それでも目は回ったままだった。
箱の周囲を回っているのも、目を回しているのも飽きた。しばらくじっと見つめていたものの、
「中を見るくらい、いいよね?」
キラキラと光るシールを剥がして蓋を開けた。
「おおおおおー!」
何もない草原に感嘆の声が広がる。
「ケーキだケーキ!」
白い箱の中にショートケーキが二つ、ちょこんと収まっていた。一つはイチゴが載った生クリームのケーキ、もう一つはふんだんにブルーベリーが載ったチョコレートケーキだ。
「すごい、すごいよー。ホンモノだよー?」
目を丸くして少女は再び箱の周りをぐるぐると回り出す。しかしふと、
「む。こんなことしてたらケーキさんに失礼だよね」
と思い直して正座した。
「どーしてこんなところにケーキさんがいるんだろう?」
きょろきょろと辺りを見回す。しかし周囲は短い草に覆われた地面ばかり。時々気持ちのいい風が吹き抜けていく以外は鳥も虫も通らない。
「食べていいのかな」
眉間にシワを寄せてケーキを見つめる。この上なく真剣な表情だ。
「でもでもパパが『ひろいぐいしちゃいけません』って言ってたしなー。『おなかこわしちゃうからね』って言ってたしなー。イタイのはイヤだしなー」
そうこうしているうちに二度目の夕焼けが少女を照らす。
唸りながらもケーキから目を離さない。
「あーん、どうしたらいいんだろー!」
少女は気付かない。箱の中にケーキと一緒に一葉の手紙が入っていたことに。
『棄権する。このケーキは侘びだ。好きに食え』
少女は箱の前に座したまま悩む。満天の星と真円の月が空に現れてもなお、悩み続けていた。