10/02

■増殖

 たるいよなぁ。新学期始まって一週間くらい経つけどさ。
 高校は嫌いじゃないけど、行くまでがたるいんだよね。
 必ず話しかけてくる隣のおばちゃんとか。
 香水くさいOLやら煙草くさいオヤジやらがいる満員電車とか。
 地獄坂、なんて通称がついてしまった長い坂とか。
 ああ、イヤだイヤだ。
 そう言う代わりに、ふぅ、と息をついた。
 教科書やらノートやらでやたらとかさばるカバン。
 これも行くのが憂鬱になる要因の一つだ。
 今日の授業は何だっけ。
 時間割を見つつ、カバンを大きく開けた。中身は昨日と同じもの。
 教科書、ノート、ペンケースに手帳。
 とりあえず、全てを机の上に出してみた。
 んー……

 何でペンケースが二つもあるんだろう。

 一年くらい前に買った合皮の黒いペンケースだ。
 前に使っていたものは、修正液とペンが液漏れして駄目になってしまったため、今のこれに買い替えた。
 その時の教訓を生かし、今は必要以外のものは持ち歩かないことにした。
 シャープペンと三色ボールペンくらいしか入ってないから、とても軽い。
 それが二つに増えていた。
 寸分違わぬ、同じ物が二つ。俺の目の前に転がっている。
 中身を確認。
 百円で買えるようなペンが二、三本。
 んー……
 入っているものまで同じというのはどういうことだ。
 あー……
 いいや。あまり深刻に考えていてもしょうがないし、このままじゃ遅刻するし。
 時間割を確認して教科書とノートをカバンに放りこむ。
 辞書は高校のロッカーに置きっぱなし。どうせ使わないけど。
 ペンケースを一個カバンに入れ、もう一個を机の上に転がしたまま、俺は部屋を出た。階下から母親が朝食を食べろと言っているのが聞こえていた。


 何でだ。
 始業五分前に教室に駆け込んで、カバンを開けて数学の授業の準備をする。
 教科書とノートとペンケース。

 何で教科書が二冊もあるんだ。

 わけのわからん幾何学模様が表紙に描かれた数学Bの教科書。
 複素数は嫌いだからその辺から書き込みが減っている。
 裏表紙は三分の一くらい取れかけている。
 外見が同じならば内容も同じ。書き込みも同じ、破れ目も同じ。
 こんなもん二冊もいらねぇんだよっ!
 叩きつけるようにゴミ箱に一冊捨てた。
 と、そこへ。
「そんなに数学が嫌いか? ん?」
 不気味なくらいにこやかな数学の小野が目の前にいた。
 にこやかだけど、目の奥は笑っていなかった。

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