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■ユタカの放課後
「なあ、お前、ちょーのーりょくしゃなんだって?」
ユタカの表情がわずかに歪んだ。顔を上げると、マサキが目の前で仁王立ちしている。
そのマサキの後ろからちょこっと顔を出しているのはミズカ。どことなく、上目遣いにこっちを見ている。
もう帰りたいんだけどなぁ。
ユタカは机の上のランドセルに筆箱を放り入れた。マサキのことは完全無視。
クラスでも一番身体が大きいマサキ。目の前でみると迫力があった。
力も強いから、ユタカは常日頃からマサキを避けるようにしていた。小柄な自分なんてひとたまりもない。
「ちょーのーりょく、使ってみろよ」
マサキはユタカの顔を覗きこむ。まったく、バカにした口調である。
超能力の意味も満足にわかっていないようだ。
「キノシタが言ってたんだよ。お前がちょーのーりょく使えるって」
ミズカ、余計な事言ったな。
マサキとは目を合わさずにミズカを見ると、視線をそらした。
黒い髪を腰まで垂らした、いわゆる美少女である。五年生の間ではちょっとしたアイドルで、憧れている男子も多い。
ユタカもそのひとりだったわけで。
秘密にするって言ったじゃないか。
もう一度、ミズカを見た。目を合わせてくれない。裏切られたような気持ちでいっぱいだった。
「見せてみろよ、ちょーのーりょく」
しつこい。ユタカは口を尖らせて、今入れた筆箱をもう一度取り出した。
中から鉛筆を一本取り、マサキの目の前でゆらゆらと揺らして見せる。
「ほら、曲がる鉛筆」
「うわ、すげぇーっ! ……ってバカにすんなよ!」
ユタカの身体が浮いた。胸倉をつかまれて無理矢理立たされた、という状況であることは後から冷静に頭が分析した。
さすがにマサキでもからかわれたことくらいはわかるらしい。
そのまま、突き放される。
「やめてよっ」
ミズカが小さく悲鳴を上げた。
ロッカーに背中が打ちつけられた。衝撃で頭がくらくらする。痛いなぁ、とやはり冷静な自分がどこかにいた。
そしてワンテンポ遅れて足下から、ガシャン、と耳障りな音が聞こえた。
「あーあ……」
教室のどこかで誰かが言った。ユタカの足元に、陶器の破片が散乱していた。あ、とユタカもつぶやく。薄桃色の細長い花瓶が見事に粉々になっていた。
「お、俺のせいじゃねぇぞ」
いくらマサキでも大人には弱い。先生に怒られる、という最悪の事態を考えたのか、
「ユタカが悪いんだからな!」
そんなことをわめいている。
ミズカはおろおろしているばかり。ユタカ君、大丈夫? と言ってはいるが、何もしない。
あーあ……
大きなため息。ユタカの淡い夢が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
「ユタカー、帰ろうー」
いつもの声がいつものようにユタカを呼んだ。教室の外からシンゴが呼んでいる。家が近所だから、ほぼ毎日一緒に帰っている。入口からいつもの眼鏡がこっちを見ていた。
「あ、ちょっと待っててー」
ユタカは慌てて立ち上がり、自分のランドセルを持ってシンゴに応えた。
どっか寄って行くか? とか、新しいゲーム買ったんだろ? とか、そんな他愛もないことを話しながら教室から出て行く。
後に残ったのは、呆然とした顔のマサキとミズカ、そしてクラスメイト。
割れたはずの花瓶は、ロッカーの上に元通りのっていた。