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■警察官新城智之(27)の日記

 12月24日(月) 夜勤

 巡回中、猪川町三丁目で不審人物を発見。ブロック塀を乗り越え、民家へ侵入しているものと推測。
 職務質問をする。
 しかし、回答が明確でないことと、行動が不審過ぎるため任意同行を求める。
 不審人物は男性。外見年齢は五十前後と思われる。痩身でひょろ長く、青白い顔とこけた頬が印象に残る。日本人特有の細い一重の目をしており、やけに薄い唇は紫色に変色している。着衣はくたびれた綿のシャツに薄いブルゾン、運動着のズボン。財布等は携帯しておらず、身分を証明する物はない。
 派出所で男に対しての質問を再開する。

「で、あんたの名前と職業は」
「細野三郎太、職業はサンタクロースです」
「はあ? 冗談言っちゃいけないよ。あんたのどこがサンタだって?」
「や、だからサンタクロースです」
「お酒飲んでるでしょう。冗談はいいから、さあ、本名と職業を言って」
「細野三郎太、サンタクロースです」

 男は頑として「細野三郎太、サンタクロース」を繰り返す。仕方なく、名前のみをメモに取る。

「あそこで何してたの」
「あそこと言いますと?」
「猪川町三丁目の松岡さんの家のところで何してたの」
「サンタですから、プレゼントを配ろうと思いまして」
「あのね、勝手に人の家に入ることは罪になるの。不法侵入。名前くらいは知ってるでしょ?」
「はあ。しかし、私の仕事はサンタですから」

 どうしてもサンタであることを認めさせようとする。不況の影響か近頃おかしな人間が増えて困る。

「あんたね、本当に自分がサンタだと思ってんの?」
「思ってますよ。サンタクロースですから」
「サンタってどんな格好してるか知ってる? ふくよかな身体に白いヒゲと赤い服、そしてトナカイを連れてるの」
「はあ。一般的にはそうですね」
「あんたの格好はどう見てもサンタじゃない。どこにでもいる日本人そのままだよ」
「それにはですね、深い理由がありまして」
「理由?」
「ええ。私どもサンタクロースは人々の信じる心によって存在できるんです。ところが、現代の子供達はサンタを信じなくなっている。これでは私どもは存在できません。一般的なサンタクロースのイメージ像を維持できるほどの力はないんです」
「そんなこと言われてもね。『私がサンタです』『ああ、そうなんですか』って簡単に信じることができると思う? 正直に言いなさい。松岡さんのところに盗みに入ろうとしたんでしょう?」
「違いますよ。本当に、プレゼントを配るためです」
「じゃあ、その証拠は? プレゼントなんて持っていないじゃないか」
「それは、その子の希望を聞いてから出そうと」
「どうやって」
「それだけはおまわりさんでも教えられません。企業秘密ですから」

 荒唐無稽な質疑応答だけが繰り返される。住居侵入の疑いでとりあえず留置しておくことも考える。

「ほら、これ見てくださいよ。サンタクロースを信じてくれる人が減ったからこんなになっちゃったんですよ」

 男はシャツをめくり、腹を見せる。そこにあるべき腹はなく空洞となり、向こう側が見える。

「すごい手品だね。うん、すごいすごい。すごいけど、人の家に勝手に入っちゃ駄目だからね」

 厳重注意のみで家に帰すことにする。一応連絡先として住所と電話番号を聞いておく。後ほどこの電話番号と住所は裏を取ることにする。念のため、巡回は念入りにしておくことにする。
 クリスマスだからといって気を抜くことはできない。

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