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■時間病・アナザ
私の朝は曲を選ぶことから始まる。
寝巻きから着替え、階段脇の小さな部屋に入る。木のボックスからレコードを一枚選び、プレイヤーにかけた。
今日の曲はペールギュントの第一組曲(仮)。
緩やかな夜明けを思わせる間延びしたトランペットのファンファーレ。静かな高原に徐々に射していく光。青い風の香りと清涼な空気を感じた。
やがて音は屋敷全てに満ちて行く。スピーカーから流れ出す交響楽団の音に目覚めて行く。
「おはよう、母さん」
白衣をひっかけた慎太郎が窓の外から声をかける。
「はい。おはようございます」
「これから部屋回ってくるから」
眠たげに大きなあくびをした息子の、大きな背中が小さくなっていく。大らかなホルンの音がその後をついていった。目を細めてそれを見る。私と息子の間にはたしかに同じだけの時が流れている。慎太郎が成長したということは、それだけ私も歳を取ったということ。いつまでも子供だと思っていても、時は着実に慎太郎を大人にしていた。
レコードをそのままに、私も自室へと戻る。途中、台所へ向かう嫁とすれ違った。互いに朝の到来を喜ぶかのように微笑み合い、挨拶を交わす。歯切れのよい彼女の声は清々しい。
「私も後で手伝いますから」
「はい。よろしくお願いします、お義母さん」
朝の台所は主婦の戦場。特にこの屋敷では何十人分もの朝食をこしらえなければならない。彼女がこの家に嫁いで二十年余り、私から炊事場を託されてから十年。いくら手伝いがいるとは言っても、献立から実際の調理の指示まで、大切なことは嫁の仕事だ。私も嫁いでから何十年と続けてきた仕事。彼女は本当に毎朝よくやってくれている。
ああ、でもそのことは滅多に本人には言わない。あまり褒めるのはよろしくないでしょう?
部屋のふすまをそっと開ける。起きたときに開けた窓からはたっぷり光が射し込んでいた
。延べたままの空の布団を避け、隣の布団の枕元に座る。
「勘一さん。朝ですよ」
正座したままの姿勢で愛しい人の顔を覗き込む。穏やかな寝顔を見ていると、無理矢理起こすのが悪いことに思えてくる。
「勘一さん」
もう一度名を呼び、肩を揺らした。いつまでも顔を眺めていてもしかたがない。起こさなければこの人の朝は始まらない。
「勘一さん、起きてください」
それでも勘一さんは起きない。もともと寝起きの悪い人ではないということはわかっている。どうしても起きられないのは、まだこの人にとっては夜だからだ。
揺らして、叩いて、困った挙句、枕に手をかけた。えいやっ、と一息に頭の下から抜く。
「おはようございます」
驚いた顔の勘一さんに朝のご挨拶。
「お、おはようございます」
驚いた顔のままの勘一さんも朝のご挨拶。
「慎太郎はもうみなさんの元に行ってますよ。あなたも早く準備してご挨拶してらっしゃい」
枕元に畳んでおいた着替えを差し出す。勘一さんは布団の中で大きく伸びをした。