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■ティータイム戦争(ダイジェスト版)

 百年先のことかもしれないし、二年後のことかもしれない。

「第二火力小隊、出撃します!」
「補給急げ!」
「奴等にブルマンなんてもったいねぇ! モカでいい、モカで! 挽きたてのやつをたっぷりとお見舞いしてやれ!」
 珈琲同盟最前基地。男達の怒号が飛び交い、何百何千という麻袋が運び込まれてはまた出ていく。かぐわしい香りが基地全体にたちこめ、その香りがまた男達の士気を上げる。
「エジプト、カイロ基地より入電! 戦線崩壊、突破されました!」
 一方その頃、作戦司令室に通信兵の声が響き渡った。額に汗を浮かべ、通信兵たちは各地方の状況を確認すべく、通信を続ける。
「大尉、どうしましょう」
 部下達の顔に焦りが見える。彼らは上司の次の指示を待つ。その上司は至って落ち着いているように見えた。基地周辺の地図を前に腕を組み、険しい顔で睨んでいた。ジョウイ・エルネスト大尉はアルミカップを口に運んだ。苦くも芳醇な香りを放つ琥珀色の液体は、大尉の心に落ち着きを取り戻してくれる。

 アメリカ、ニューヨークの一角。古ぼけたアパートの一室に彼らはいた。
「これが例の物だ。絶対に、無事に海の向こうにまで運んでくれ」
 赤毛の男が金髪の男にプラスチックの筒を渡す。紙巻煙草ほどの大きさの筒は一見、繋ぎ目がない。つるんとした表面が、窓から入る薄い光を受けて淡く光った。
「これが我々の国を勝利へと導いてくれるはずだ」
 金髪は無言でうなずき、筒をテープで太腿の内側に張りつけた。
「それと、護身用としてこれを」
 赤毛が差し出したのは小指の先ほどのカプセルだった。
「アールグレイの成分を抽出し、濃縮したものだ。同盟のやつらはベルガモットの香りに弱い。いざという時に使ってくれ」
 金髪は短く礼の言葉を述べ、カプセルを胸ポケットに放りこんだ。プラスチック製のホールドアウトピストルを袖の下に隠し、清潔な上着に腕を通す。
「幸運を祈る」
 金髪は赤毛にうなずき返し、アパートの扉を押した。

 とらえどころのない女だと、ミシェイルは感じた。茶室と呼ばれる独特の空間、そして女の異国の服装も要因かもしれない。女神像のような穏やかな笑みを浮かべるこの女が日本茶連合のトップだとは、誰も思うまい。
「粗茶ですが」と出された陶器の底には緑色の濁った液体が溜まっている。日本茶の、抹茶というものであることは資料で知っていた。
「茶道は茶の道、と書きます。これは日本の心でもあり、日本人の精神でもあります。私たち日本茶連合はたしかに小さな島国だけの少数派です。少数派だからこそ、自分達の精神を尊びます。戦争に参加しないのも、過去のことがあるからで。日本茶連合は日和見集団だと言う輩もいますが、大国にその身を売り渡すことは決してしたくないのです」
「しかし、日本茶も紅茶も元は一つ。我々に協力していただけないでしょうか」
「元は一つ。その通りです。ですが、異なる土壌の上で育まれた文化です。何と言われようとも、あなたがたの陣営はもちろん、どの陣営にも参加するつもりなどございません」
 自分達の世界に引きこもっているだけだろうが。
 笑顔を作りながらも、ミシェイルは心の中で女を罵倒した。

「中国茶は中国四千年の歴史そのもの。種類も豊富で薬にもなる。その我々があなたがた珈琲同盟と手を組めと? まったく、笑い話ですね。烏龍茶も飲んだことのないヤンキーに荷担することなぞ、最初から有り得ない」
 全く手のつけられていない茶器を見て、李は言う。
「神聖な茶に砂糖やら牛乳やら入れる紅茶のやつらも好きませんが、豆からいれる安っぽい香りのコーヒーも好かないのでね」

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