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■続・就職
教育制度、福利厚生がしっかりしていて、出張残業休日出勤各種手当てもちゃんと出る。現場の最前線で働ける期間は短いけど、引退後のケアもばっちり。男女差別もなく、やりがいのある職場。しかも、名前を聞けば誰でも知っている大企業。
小さな地方大学出身の私がそんな仕事に就けるとは思わなかった。少し特殊な職種ではあるけれど、些細なことだから気にしない。今がとても充実していて会社に向かうのが楽しい。それがたとえ今日のような休日出勤であったとしても。しっかり代休ももらえるし、そもそも休日なんて暇なことのほうが多い。仕事があれば暇は解消される。
「おはようございまーす」
一日のはじまりは元気な挨拶から。安っぽい扉を開けると部屋の中から「おう」とか「おはようさん」とか、そんな言葉が返ってくる。
室内は静かなものだった。先輩が二人、コーヒーを飲みながら話しているくらいで、他の部署のような喧騒はない。
「早く着替えてこいよー」
言われて慌てて更衣室に入る。先輩たちはすでに準備を終えている。私が来るのを待っていたようだ。私は定刻通りに来たつもりだったんだけど、先輩たちはそれより早く来ていたようだ。
もぞもぞと仕事着に着替える。この部署は実働部隊としては、女は私一人しかいない。一応ここにはあと二人女性が配属されているけれど、二人ともデスクについて事務をこなしている。各種書類の整理などが仕事だから今日のような休日は出てこない。そういえば、配属された時はとても歓迎された覚えがある。それだけここは女っ気がないのだろうか。
室内に戻ると、「じゃ、行くか」と先輩二人が立ち上がる。知らない人が見たら異様な光景だろう。現代日本の象徴のようなモノクロームのオフィスに、鎧を着て剣を持った男が二人いるのだから。かく言う私も、革の胸当て・肩当てに貫頭衣のようなマントを装着している。まさに、ファンタジー映画から抜け出したかのようだ。
向かって左側にいる茶色の髪の男性が小林先輩。今年で勤続十年になる。かなり性格はルーズだけど、やる時はやる人。明るくて決断力があるチームリーダーでもある。
その右側が石岡先輩。小林先輩の大学時代のお友達で、本職は大学で助手をやっている。時々こうやって嘱託として私達の仕事に参加している。落ち着いていて大人の雰囲気がある人だ。
私はというと、この二人をサポートする役目を任されている。遠距離から弓や銃でちくちくと攻撃する。
で、このメンバーで何をするのかというと、いわゆるファンタジーな別世界に行き、その世界を救ってくることである。一応、職種は勇者、とか救世主、とかそういうものになる。
……冗談を言っているつもりはない。私たちは大真面目だ。
「行くぞー」
小林先輩が緊張感のない声で私を呼んだ。二人はすでに奥の部屋に入りかけている。
「待ってくださいよぉー」
小走りに追いかける。小林先輩の姿はすでに半分消えていた。真っ暗な部屋の中から首と手だけを出し、私を手招いてる。
「今日こそは魔王倒せるといいなー」
「倒したら飲み会な」
先輩たちはのんきにそんなことを言いあっているけど、この扉をくぐればそれも一転する。自身の姿も見えないほど暗い空間を通り抜ける。最初はここも怖かったけど、毎日毎日くぐって慣れてしまえばどうってことない。
そして私たちは自分の世界から異世界に移動する。小高い丘の上に立っていた。草の匂いが鼻腔をくすぐる。草原の向こうには険しい山と尖った黒い城が見えた。