03/01

■be my lady

 お友だちのハルカくんは女の子だけど男の子です。ちょっとしゃべり方が変だけど、足もはやいしテストはいつも百点です。休み時間になると、そんなカンペキ人間なんかいないって言って、となりのクラスのケンタくんがハルカくんをいじめにきます。
 ケンタくんはいつもかえりうちにあいます。すてゼリフもいつもと同じです。
「このおとこおんな! おんなおとこ!」
 どっちなんでしょう。
 ハルカくんはとても強い女の子だけど男の子です。ある日ぼくがハルカくんに、
「どうして女の子のふく着ないの?」
 ときいたら、
「うちにはにいちゃんのお下がりしかないんだ」
 と言いました。
「じゃあ、女の子のふく買ってもらえばいいよね」
 ぼくがそう言うと、ハルカくんはちょっとこまったような顔をしました。
「そういうわけにもいかないんだ。オヤジのしゅみでね……女の子のふくは着ちゃダメなんだ」
 ふうん、とぼくはうなずきました。ハルカくんにはハルカくんのじじょうがあるみたいです。ぼくみたいな子どもにはわからない、ふかーいふかいおとなのじじょうってやつです。
「女の子のふくもにあいそうだけどなぁ」
「ぜんぜんにあわないよ。ユキのほうがかわいいよ」
「ぼく? ぼくなんて女の子らしくないよ。自分のこと『ぼく』って言ってるし」
「オレよりも女の子っぽいって」
 そう言ってわらうハルカくんはわらいます。そのかおがとても女の子っぽくて、ぼくはドキっとしました。
 ハルカくんはとてもかっこいい女の子だけど男の子でした。すらりとしていて、ただのジャージもハルカくんが着ればかっこいいスポーツウェアに見えました。
 そんなハルカくんがかわいいリボンがついたふくを着たら……
 その時、ぼくは一つのアイディアを思いつきました。
 そうぞうするだけで楽しくなります。くふくふとわらうぼくを、
「なにわらってんだよ。きもちわるいな」
 とハルカくんがこづきました。
「ひーみーつー」
 ぼくは自分のていあんがすばらしいものだと直かんしました。その日のぼくは、かえりの会がおわるとすぐにうちにかえりました。いつもだったらハルカくんたちとサッカーをするんだけど、そんなことがどうでもいいくらいすてきなアイディアをおみやげに、おうちにかえりました。

 次の日の朝、ぼくは学校に着くとすぐにハルカくんを探しました。きょうしつの中にはいませんでした。これもいつものことです。ハルカくんは朝早く学校にきて、体いくかんで六年生にまざってバスケットボールをするのがしゅうかんでした。
 ぼくは体いくかんに行きました。
 体いくかんでは体の大きい六年生たちがミニバスケのしあいをしていました。ぼくから見ればとても高いところにあるゴールに、ポンポンボールが入っていきます。すごいなぁ、と見上げることしかできません。ぼくはなげてもボールがとどかず、どうしてもゴールすることができません。
 ハルカくんはもちろんシュートをきめることができます。六年生たちにくらべれば小さなハルカくんだけど、バスケはいちばん上手でした。だからハルカくんがまざるときはいちばんきびしくマークされます。それでも大きな六年生たちの間をするするとぬけてシュートをきめます。
 ぼくはキョロキョロとハルカくんをさがしました。
 そんなハルカくんだからとてもめだちます。すぐに見つけることができます。だけど今日にかぎってハルカくんは体いくかんにいませんでした。
 ちかくにいた六年生にきいても、きていないと言うだけで、どこにいるかもしらないようでした。
 ぼくはがっかりしてきょうしつにもどることにしました。朝の会の時間もちかかったし、もどればハルカくんがいると思ったからでした。
 ハルカくんはきょうしつにいませんでした。
 ぼくはびっくりしました。ランドセルはハルカくんのつくえの上にあります。学校にきているのはたしかです。なのに、朝の会もはじまりそうなのにいないのはおかしいです。
 きょうしつからろうかにとび出しました。
「ユキさん!?」
 たんにんのはるみ先生とぶつかってしまいました。ぼくはころんでしまいました。
「どうしたの? 朝の会はじまりますよ」
「先生ごめんなさい。すぐにもどるから!」
 とりあえずあやまりました。先生はびっくりしてりゆうをきいてきたけど、そんなヒマもありません。おしりのほこりをおとすのもおっくうでした。たちあがるとそのまま走りました。
 ぜんりょくでろうかをかけぬけました。
 ぜんりょくでかいだんをのぼっておりました。
 ぼくは校内をかけまわり、ハルカくんをさがしました。ろうかにはだれもいませんでした。朝の会がはじまった学校はしずかです。そうじ用具が入ったロッカーをかたっぱしからあけてみました。体いくかんにももう一回いきました。ちょっときんちょうしたけど、女子トイレものぞいてみました。
 ハルカくんはどこにもいません。
 もしかしてかえっちゃったのかな。
 まだ見ていなかったしょうこう口に行くことにしました。ハルカくんの外ぐつがそこになければ、外に行ってしまったのでしょう。
 まっすぐなろうかを走りました。しんぞうはドキドキしています。せっかくおもしろいことを思いついたのに、つたえたい本人がいないなんてかなしいです。きゅうにきえちゃうなんてイヤです。
 なきたくなりました。男の子でも女の子でも、くやしい時いがいはないちゃいけないとおそわりました。なきむしはつよい子になれないとママが言っていました。
 今のぼくはくやしいのかな、とかんがえました。
 ハルカくんがいないからくやしい。
 なんかへんです。ぼくはくやしいからなきそうなのではありません。ただかなしいのともちがいます。むねがきゅうっとちぢんだかんじがします。
 へんだなって思ったけどなみだは止まりそうにありませんでした。今にもあふれてしまいそうです。
「ハルカくん……」
 ぽつりとなまえをつぶやいたら、もっともっとなきたくなりました。ちぢんだしんぞうがなみだをつくっているとしか思えません。
 前がよく見えなくなってきたので歩くことにしました。このまま走っていたらあぶないからです。
 あ、とぼくは立ち止まりました。
 しょうこう口のちょっと前、校長先生のへやの前です。大きなガラスのはこの中におひなさまがかざってありました。なんでも百年いじょう前のひな人形だそうです。とてもりっぱなお人形で、かいだんは十段もあります。このきせつにはかならずここにかざられます。
 ぼくはこのおひなさまが大すきでした。やさしいかおをしたおだいりさまとおひなさまがとても幸せそうに見えるからです。女の子はこんなふうに幸せにならなければならないと思います。
 ハルカくんがその前にいました。
 ガラスに手をついて、じっとひな段を見つめていました。うっとりと、だけどどこかかなしそうな目をしていました。今まで見たことのないよこがおでした。
「朝の会はじまっちゃったよ」
 ぼくは目をこすってなみだをふくと、思い切ってハルカくんに声をかけました。
「なにしてたの?」
 ハルカくんはびっくりしていたけど、またすぐにひな人形に目をもどしました。ぼくはそのたいどにちょっとカチンときました。朝の会よりも、ぼくよりも、おひなさまのほうが大事と言いたそうなかおをしていたからです。
「これ見てたんだ」
「学校にきてからずっと?」
「うん。ずっと」
 たしかにりっぱなものだけど、朝からずーっと見るほどステキなのかな。ハルカくんがとりこになっちゃうくらいすばらしいものなのかな。ぼくは八つ当たり半分におひなさまをにらみつけた。
「うち、こういうのないんだ」
「こんなのはどこのうちにもないと思うよ」
 ぼくがそう言うと、ハルカくんは首をふりました。
「人形がないんだ。うちはおひなさまやらないから」
 はっとしました。お人形を見る、かなしげなハルカくんの目のいみがわかりました。ハルカくんはパパのめいれいで男の子のかっこうをしているけど、心まで男の子ではありません。女の子らしいものにあこがれる、だれよりも女の子らしい女の子だったのです。
 せっかく女の子に生まれたのに、女の子らしいことができないなんて。
 きゅっとちぢんだしんぞうが、せつなくてしくしくなきはじめました。のどまでこみあげてきます。ぼくはハルカくんの前ではなくまいと口をむすびました。
「ユキ? どうしたの?」
 それでもあふれてくるおもいは止められませんでした。
「ハルカくんが、ハルカくんがかわいそうで」
「そんな家なんだもん。しょうがないんだよ」
「でも、でも」
「いいから、もうなくな」
 しゃくりあげるぼくに、ハルカくんはハンカチをさしだしてくれました。青とグレーのチェックのハンカチでした。ちょっとくしゃくしゃになっていました。いらない、と首をふったんですが、
「ほら」
 とハルカくんはむりやりかおにハンカチをおしつけてきました。らんぼうなそのやさしさがうれしくて、ぼくのこころのダムはくずれてしまいました。なみだはかれることを知りません。もう半年はなけないぞというくらいなきました。
「ねえ、今日うちにきてくれる?」
 ぼくはなきながらやっとそれだけを言いました。

「いや、もういいです、いいですから、おばさん!」
「だれがおばさんですって?」
 にこにことしたかおにドスのきいた声はぼくのママの十八番でした。ハルカくんはそんなぼくのママにおびえたかおを見せて、
「ご、ごめんなさい、おねえさん」
 とあやまりました。おねえさんと言われたママはまんぞくすると、こんどはレースたっぷりの三段フリルのスカートをさしだしました。
「こんどはこれね」
 ぼくのママはとてもはりきっています。
 あのハルカくんがおとなしくママの言うことをきいていました。さからうとまたあのこわい声でおどされるからです。
「ほーら、ユキちゃんどう?」
「うわあ、それもかわいい!」
 ハルカくんはまっかなかおをしていました。ひざたけのレースのスカートにフリルがいっぱいついたブラウス、あたまには大きなリボンをつけています。細い足に白いタイツがにあいます。ぼくのそうぞうどおり、ハルカくんはとてもかわいい女の子でした。
「あの、その」
 とまどうハルカくんに、
「ちょっとくるりと回ってみて〜」
 と、ママがリクエストしていました。その手にはビデオカメラがにぎられていました。
「ねえ、ユキ」
 まっかなままのハルカくんがぼくにささやきました。
「ひな人形を見せてくれるって言うからきたんだぞ。どうしてきせかえ人形にされなきゃいけないんだ」
「えー、にあうんだからいいじゃない」
「よくない!」
「ママのしゅみだよー。かわいい女の子はかわいいかっこうしなきゃいけないんだって。だからママなりのおもてなしなんだよ」
 ぼくとならんですわるハルカくんのまわりを、ママがぐるぐると回っていました。上に下にカメラをむけて、なめるようにハルカくんをとっていました。
「じゃ、じゃあ百歩ゆずってそういうことにしよう」
 ハルカくんはもうまわりが見えてないようでした。なんだか目がぐるぐるしています。
「ど、どどど、どうしてユキのいえにこんなに女の子のふくがあるんだよ」
「ぼくとママのだよ。これもママのしゅみなの」
 えへへ、とぼくは大きなクマのぬいぐるみをハルカくんにわたしました。クマをかかえるハルカくんはどこかのおじょうさまみたいでした。
「ユキってねえちゃんかいもうといたっけ?」
「いないよ」
「じゃあ、これぜんぶお前が着るの?」
「うん、そうだよ。どこがおかしいの?」
 ハルカくんがぼふっとクマのあたまにかおをうずめました。
「よくかんがえりゃユキが自分のひな人形見せてくれるってこと自体おかしかったんだよな……ユキは男でひとりっこなのに……」
 ぶつぶつとつぶやくハルカくんを、
「今度はお着物よ〜」
 ママがさらっていきました。
 そんなぼくたちを高いところからおひなさまが見つめていました。
 もものせっくは女の子のおまつり。女の子は女の子らしくするべきだよね。ぼくはおひなさまにそうほほえみかけました。むねのいたみはいつのまにかきえて、ほんわかとあたたかくなっていました。

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