09/25
■Love Me?
今日も今日とて彼は山手線の箱に詰め込まれてやってくる。
溜息ついて鞄抱えて人に揉まれて30分。流されるように電車を降りて乗り換え30分。夏でも冬でも汗を拭き、会社に着く頃には折角セットした髪が乱れている。ビル1階、ショーウィンドウに映る己の姿に苦笑をこぼす。
「お疲れ様です」
総勢100人に満たない会社のオフィス。開口一番は「おはようございます」ではない。皆朝のラッシュに疲れ、始業時刻まで身体を休める。この春入社したばかりの新人が淹れてくれたお茶に口をつける。
「太田は遅れてくるそうです。信号の故障で電車が遅れているとか」
すぐそばのデスクで書類を整理している部下が報告した。「ああ」と生返事をして彼もデスクの上を片付け始める。
昨日やり残してしまった仕事は午前の内に片付けよう。ぶ厚いファイルを持ち上げるとその下から写真が出てきた。透明なデスクシートの下に挟まれた写真。にこやかに笑う女性の姿が写っている。
もう5年も前のものだ。
『5年で結果を出して見せるから』
そう言って海の向こうへ飛んだ彼女。元々チャレンジ精神が旺盛な彼女に日本は物足りなかった。より大きな舞台とより大きな協力者を必要とした。
彼は協力者としては力不足だった。
写真の表面を撫でてまた一つ、溜息をつく。大きく吐いた息を部下がゆるりと諌める。
「これから一日が始まるんですよ。お願いしますよ」
返した言葉はまた気のないものだった。
軽快な音楽が鳴った。パソコンの電源を入れる。この会社は始業のチャイムの代わりに音楽を流す。曲目はなぜか子犬のワルツ。入社した頃は曲を聴く度に小学校時代の清掃時間を思い出した。彼の小学校で掃除の時間に流していたのがこの曲だった。
今では憂鬱な始業の合図でしかない。
仕事も会社も嫌いじゃない。だが朝ばかりは気が重くて仕方がない。彼はスタートダッシュができる人間ではない。マイペースに後からテンションが上がってくる。昼が終わればいつもの調子に戻れることだろう。
音楽が終わると同時にパソコンが立ち上がった。メーラーを起動する。新着メールは7件。ダイレクトメールが3件とプロジェクトに関したものが3件。残りの1件は差出人不明だった。
タイトルにも差出人にも同じ言葉。
『Would You Love Me?』
本文はもう少しだけ長かった。
『Would You Love Me Even Now?』
瞬時に悟った。
彼の電話が鳴る。この5年、待ち焦がれた相手の番号を表示していた。