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■夜鴉

 鴉が鳴いている。
 夜明けの気配もまだ感じない深夜の二時。遠くで、潰れた声で、鳴いている。
 何かを求めているような、何かを探しているような不気味な声。
 カーテンの隙間から外を見る。表面に水滴をつけたガラスを拭い、暗い外を見る。
 ほんのりと光る街灯。ぼんやりと見える木々と家。
 鴉の姿はない。声だけが聞こえる。少しずつ、少しずつ近づいている。
 少しずつ近づいて、こちらに来るかと思えば遠のく。
 ガラスに触れている手が冷たい。濡れた手をズボンで拭い、息を当てた。
 思いきって硝子戸を開ける。
 雨上がりの湿った空気が冷やされている。夜気が部屋に侵入し、さらに室温を下げる。
 星ひとつない夜だった。窓越しに滲んで見えた街灯が明瞭に見える。それだけが唯一の光に思えた。 明かりをつけている家はない。
 やはり鴉は見えない。声だけの存在。
 見えない鴉が悪寒を誘う。
 鴉がひと鳴きするごとに、時が進んでいく。夜は鴉の声に支配されている。
 今。夜は鴉のものだ。

「アキラ、起きなさい」
 母親が扉越しに声をかける。
「おばあちゃんが危ないみたいだから病院に行ってくるわね」
 鴉が家の上空で羽ばたいた。

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