12/07
■卵
『見せたいものがあるの。今夜来てくれる?』
実家に帰っていた妻から電話があった。久しぶりに聞いた彼女の声は弾んでいた。不妊症と診断されてから三年目の冬だった。
私は残業を断り、定時になると早々に退社した。電車とバスを乗り継ぎ、妻の実家へ直接向かう。車窓から見える街は柔らかなイルミネーションに飾られ、クリスマスのムードを盛り上げていた。
「わがままな娘でごめんなさいね」
義母は困ったような笑顔で私を出迎えてくれた。妻に似た面差し。そこに彼女を思い浮かべ、気がはやる。挨拶もそこそこに家にあがった。
妻の部屋をノックし、扉に手を掛ける。それだけで心臓が大きく鳴った。不妊症と告げられ、笑顔が消えた妻。日に日に病んでいく彼女を見て私は何も出来なかった。どんな顔をして会ったらいいのだろう。
「入るよ」
寒い廊下とは対照的な温かさが私を包んだ。決して広いとは言えない部屋。折りたたみ式のテーブルの上に水差しが置かれている。妻はその奥の、窓辺のベッドの上にいた。綿入れを着こみ、毛布と布団にくるまり、寝台の上に座っている。
「見て見て」
にこにこと笑う妻が私を呼んだ。くるまっていた布団、毛布を少し開き、中を見せてくれる。そこには白い卵があった。
「私たちの子供」無邪気な笑顔が私を見つめた。「今日のお昼にね、生まれたの」
鶏卵よりも二回りも三回りも大きい卵だった。普通にはありえない大きさだ。
「触ってもいい?」
「いいわよ」
恐る恐る伸ばした指先で触れる。ざらざらとした触感と、しっとりとした温もりを感じた。彼女が温めていたからだろう。
「本当に俺たちの?」
「うん。私から生まれたの」
ここ数年見ることのなかった華やかな顔。ほんのりと頬がピンクに染まり、瞳が柔らかな光を宿す。妻は再び卵を布でくるみ、その上からいとおしげに撫でた。
「こうやって温めるの。早く生まれてきてね、って」ずっと温めるつもりらしい。「私、知らなかったなぁ。人間って卵で生まれてくるのね」
そう言って彼女は布越しに卵を見つめる。その目は私が知っているものではない。母親のそれとなっていた。
たまらず私は妻を抱き締めた。腕の中に着膨れた妻を抱き、綺麗な黒髪に顔を埋めた。知らず、溢れてた涙が頬を伝う。
「良かったな。本当に、良かったな」
くぐもった私の声に「うん」と妻が嬉しそうにうなずいた。