04/05
■夢
一生眠っていたい。人にはそう願わずにはいられない時がある。
眠ればたったひとつの現実から逃れられる。嘘と欺瞞に満ちた薄汚い社会を捨て去ることができる。
静かに目蓋を閉じ、あらゆる感覚を手放す。現実から隔離され、脳が作り出す世界へと足を踏み入れる。そこにあるのは甘美な世界。苦痛から解放され、実に様々な擬似現実を闊歩できる。
脳は所有者に忠実だ。本人が一番見たい夢を、または本人の精神状態を映し出した夢を描く。
だから願望が如実に現われる。欲するものは何でも出てくる。ただ快楽にひたる。
だから恐ろしい夢も見る。逃げ、追われ、捕らえられ、また逃げる。その理由も知らずただひた走る。
しかし夢は現実じゃない。いくらリアルに感じてもそれはリアルの感覚ではない。仮想と現実との感覚の間には壁がある。どんなに食べても、目覚めれば身体は食物を求める。どんなに傷つけられても、目覚めれば身体は綺麗なままだ。
目覚めて気付く。夢を見ていた。ここからは現実だ。
苦痛、労働、嫌悪、義務、現実、憎悪、嘘。
思い出して溜息をつく。溜息とともに夢は身体から零れ落ちていく。全てがツクリモノの世界が崩壊していく。
そして人は願う。一生眠っていたい。支離滅裂な夢の世界で奔放に生きていたいと。
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僕は眠る。身体が欲するままに睡眠を貪り、飽きるまで覚醒しない。あとは何もしなくていい。性欲も、食欲でさえも睡眠欲の前には霞んでしまう。好きなときに眠って好きなときに起きる。気が向いたら掃除も洗濯もするし、布団も干す。風呂は好きだけど睡眠ほどではない。朝起きて、昼寝して、日が沈めば床に就く。一日の大半は睡眠で潰れる。趣味は睡眠。
趣味:
履歴書にそこまで書いて少し考える。
趣味は睡眠。
変わっているし、印象は大きいだろうけどマイナスじゃないか? 仕事中まで居眠りする、とか思われたら即不採用決定じゃないか。
思い直して音楽鑑賞と書く。本当でもないけど嘘でもない。ラジオをつけたまま寝ていると、夢の中のラジオからも音が流れる。リクエスト曲、ゲストトーク、道路情報に天気予報。聞こえてくる固有名詞は知らないものばかりだけど、音楽だけは現実と同じだ。それが楽しくて、時々つけっぱなしで眠っている。
最後に氏名の横に判子を押す。少々印影が傾いたけど、まあ、許容範囲。
できあがった履歴書を見直した。無愛想なモノクロのスピード写真がトップを飾る。眠そうな目をしているのは、撮りに行ったのが仕事の後だからだ。学歴は問題なし。普通の中学校、普通の高校、普通の大学。良くもなく、悪くもない。本当に普通としかいいようのない学歴。免許と資格は自動車のみ。危険物取扱資格もあったけど、甲種か乙種か忘れてしまって書いていない。趣味は音楽鑑賞、特技はどこでもリラックスできること。つまりいつでも眠れるということ。
普通過ぎて、むしろつまらない履歴書ができあがった。これで苗字が佐藤だったら救いようがないだろうけど、残念ながら珍名でもないので人目は引かない。
履歴書を真っ白な封筒に入れ、封をした。すでに、表面に朱文字で履歴書在中と書いてある。切手を貼って完成。あとは投函すればいい。
大きく伸びをして時計に目をやった。あと一時間半。いい頃合だ。