05/06

■婚約者

「お父さん」
 ある日、姉ちゃんが家に男を連れてきた。
「この人が岡田さん。結婚を前提にお付き合いしてるの」
 あがりがまちに並んだ父ちゃんと母ちゃんと俺。顎が外れるぐらい、あんぐりと口を開く。
 夕食要らないって連絡が入ったときから嫌な予感はしていたけど、まさか連れてくるなんて。
 平凡な家族の平凡な夕食の一時を破壊したカップルを前にして、俺たち三人は何も言えない。
 岡田さん、と紹介された男はつるりとした頭を指でカリカリと掻いた。わかりにくいけど、照れているのかカタカタと身体が鳴る。
「姉ちゃん、本気?」
 恐る恐る聞いてみる。
「うん」
 見せたこともないような満面の笑み。立ちくらみを起こした母ちゃんを父ちゃんが支えた。やっぱ夫婦は助け合いだよなぁ、とか場違いなことを考える。
「姉ちゃん、その人骨だよ?」
「うん」
 岡田さんの細い二の腕に手を回し、姉ちゃんは身を寄せる。磨きぬかれたつやつやの真っ白い骨格は頚椎に赤いネクタイをぶら下げ、どら焼きで有名な和菓子屋の袋を持っている。
 どこからどう見ても立派な人体模型。理科室の片隅で内臓を晒してるやつの相方だ。
「姉ちゃんてさ、面食いだったよね」
「うん」
 岡田さんにくっついたまま、うっとりとシャレコウベを見上げている。
「すごくかっこいいじゃない。この顎のラインとか、目の穴の形とか」
 臆面もなく言うものだから、岡田さんは乾いた音を立てながら首を振る。やっぱり照れているらしい。ネクタイがヘロヘロと申し訳程度になびく。
 俺にはこの骨格がかっこいいとは思えないんだけど。皮をかぶっていない顎の形が整っている、なんて理解できないし、真っ黒の眼窩も怖い。姉ちゃんの趣味ってわかんない。
「ああ……」
 ついに母ちゃんが倒れた。薄目を開いたまま意識を失う。
 俺を生んでから丸々と太り始めた母ちゃんの身体を支える父ちゃんに加勢した。脇腹に沈んでいく指先に、年輪のごとく増え続ける脂肪の重みを感じる。細身の父ちゃんは脂肪もなければ力もない。顔を真っ赤にしながら母ちゃんを細腕で持っている。
 がんばれ、父ちゃん。
 岡田さんはそんな俺たち三人を見て、カクカク顎を動かしながらカタカタ関節を鳴らしている。
 そういえば、筋肉も神経もないのにどうやって動いてるんだろう。よくできてる。
 どうでもいいことを思いながら岡田さんを横目で見る。
 細いところだけ、父ちゃんに似ているような気がした。

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