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■リグレットタワー・オンライン取扱説明書

 パッケージを開けると中にはCD-ROMが1枚だけ入っていた。取扱い説明書や保証書やユーザ登録のハガキもなし。あまりにもシンプルな中身に少しだけ意外性を感じた。
 発売前から評判が高く、どこのショップも予約でいっぱい。雑誌では大々的に特集を組まれるほどのゲームだ。発売当日の今日だって、予約が間に合わなかった人間の列がショップの前にできていた。だから逆にチラシの1枚もないのは不審にも思える。
 ともかく。
 無事に手に入ったのだから良しとしよう。俺はCD-ROMをドライブに入れ、起動させた。モニタ内に真っ黒いウィンドウが一つ開いた。そのまま画面は停止し、何も映らない。ドライブはまだ読みこみ途中だ。
 そのままの状態が長く続く。「フリーズしたか?」と強制終了ボタンに手が伸びた。
「はーい、こんにちわー!」
 耳障りなほどの甲高いアニメ声が耳をつんざいた。
 どこから聞こえてきたんだ。6畳一間のアパートには俺しかいないはずだ。
「「ここですよー」」
 スピーカーの電子音と、現実のアナログ音がダブって聞こえた。
 まさか、とモニタを見ると黒いウィンドウから女の子の上半身が突き出ていた。俺の手の平ほどの大きさで、体にフィットした桃色のダイバースーツのようなものを着ている。女の子はウィンドウに手を掛け、
「よっこらせ」
 と、体を持ち上げた。呆気なく体はモニタから抜け、キーボードの上に落ちる。
 それほど大きくない体に小さな冊子を持ち、なんと背中からは虫のような羽を生やしている。
 女の子は羽を広げ、宙に浮きあがった。羽を細かく動かし、でこぼこしたキーボードの上からマウスパッドまで移動する。パンダのマウスパッドの上で姿勢を正し、小さな頭を下げた。
「リグレットタワー・オンラインのお買い上げありがとうございます。あたし、取扱い説明妖精のリューネです。よろしくお願いします」
「は?」
「リグレットタワーは新システムを搭載したオンラインゲームの革命児。面白さにかけては我が社は自信を持っております。ですが、その分少々手間のかかるゲームになってしまい、取扱い説明書やチュートリアルではどうしても膨大な量になってしまいます。これがまたユーザ様の負担になり、つまらないゲームだと思われてしまうのは非常に遺憾です。それならば! 直接教えてくれるナビゲータ役がいればいいんです! というわけで、我々取扱い妖精が今回のゲームには同梱されております。しばらくの間ゲームの手ほどきをさせていただきますので、よろしくお願いします」
「は?」
「まずは、ユーザ登録を始めましょう。ゲームはここから始まります!」

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