9日目

「メイと(・ω・)」
「珊瑚のー」
「「偽島3分クッキングー」」
「みなさんおはようございます。講師の珊瑚です」
「アシスタントのメイなのよー(・ω・) おじ……じゃなかった。さんごせんせー、きょうはなにをつくるんですか?」
「今日は手軽で簡単、偽島風ハンバーグステーキをつくります」
「ハンバーグ! メイだいすきだよっ」
「材料はこちら。先ほど取れたばかりの新鮮なお肉です」
「おじちゃん、しつもんがあります」
「はい、メイファ君どうぞ」
「メイにはおにくにみえません(・ω・)」
「お肉です」
「断固として拒否する」
「いきなり漢字で喋るな」
「だってだって、これどうみてもおっきなミミズさんだもん! まだウゾウゾうごいてるんだもん! きもちわるいのっ」
「――では、まずこの肉をミンチにします」
「むしされたっΣ(;ω;)」
「ミミズは大変ぬるぬるしますので、このように塩水で洗います」
「やだー! やだよー! きもちわるいよー! なんでおじちゃんむひょうじょうなのー!?」
「綺麗に土とぬめりを落としたらこの出刃包丁で」
「きゃー! みたくないみたくないみたくないー!」
――プツッ
ちゃらららら〜♪
(ミンチが終わるまで爽やかな映像と音楽をお楽しみください)


「って、妄想漫才なんかしてる場合じゃなくてー!」
 ちゃぶ台があったらおそらく一徹返しが炸裂していたであろう剣幕で珊瑚が吼えた。
 そのコートにすがりついていた兎耳娘は驚いて身体を強張らせる。普段は冷静な青年がここまで大声を上げるなど珍しいことだった。
「おじちゃん。メイ、トンカツがまんする」
 しなりと耳を垂れ、メイは殊勝な顔で青年を見上げていた。だから怒らないでねと目が訴えている。空いた手には白い子猫をしっかりと抱いていた。
 先日珊瑚が手なずけた山猫だ。少女の腕の中、叫びにも動じず眠っている姿を見て珊瑚の目尻が緩む。その愛らしいつぶらな瞳は一時、人々を和ませてくれる。得体の知れない動物や虫の襲撃に磨り減った神経を癒してくれる。
「だからネコカツでいいよ」
「猫はだめだ」
 緩んだ顔から血の気が引き、珊瑚はメイの手から山猫を取り上げ、肩の上に載せた。
 摺り寄ってくる頭を撫でると山猫は目を細めて喉を鳴らす。
 大人だろうが男だろうが可愛い物には弱いらしい。先ほどの絶叫はどこへやら、珊瑚はいつもの冷静さを取り戻していた。
 乱れたスカーフを結び直してコートの裾を払う。猫と同じように頭を撫でてやると、メイも目を細めた。
 そして少女の腹がきゅるりと鳴った。
「おなかぺこぺこなの。もうげんかいなの」
「仕方ないだろう。恭介が肉持ってるんだから」
 珊瑚は今日何度目になるかわからない溜息をつき、辺りを見回した。元より大した期待はしていないが、もちろん求める少年の姿はない。遺跡の中ではぐれても地上に出れば会えると思っていたものの、そう甘くもなかったようだ。
 島はそれほど広いものでもない。だが、今や千人を超す人間がその狭い島に押し寄せている。ほとんどが遺跡の中で探索を続けているけれど、地上をぶらりと歩いている人間だって少なくはない。
 雑踏の中では少年の姿を探すのだって一苦労だ。島に来た当初のように桃色巨大うさぎのぬいぐるみを持ち歩いていれば嫌でも目出つのに、恭介はいつの間にかぬいぐるみを異次元に収納する術を修得してしまっていた。ぬいぐるみを持っていない恭介など、普通の高校生にしか見えない。もっとも、鉄パイプをぶら下げた姿が普通と言えるかどうかは疑問であるが。
「もちにげしたのかな」
 ぼそりとメイが呟く。いつもは元気な少女の表情がどことなく暗く、目はここではないどこかを見つめていた。
 メイはやけに肉にこだわる。遺跡内で豚と遭遇した際も、いつもと気合が違っていた。豚と言えば肉。肉と言えばトンカツ。しかし運命とは非情なもので、豚肉を獲得したのは渇望するメイではなく、今ここにいない恭介だった。
「そこまでトンカツにこだわらなくてもいいだろう。肉ならあるぞ」
 珊瑚が道具袋からビニール袋を取り出した。でろりとした赤黒い肉である。
「みみずさんのおにくはイヤなの。はんばーがーにまぜたらおこるからね」
 そう、それはミミズ。遺跡の外に出る直前に出会ったミミズの肉だった。メイは顔をしかめ、追い払うように手を振る。
 蛋白源には変わりない、贅沢言わず食べなさいと説教してもいいのだが、幸いにして今は遺跡の外。ハングリーにサバイバルしなくても物は豊富にある。
「ほら、そこに食材の店があるから好きな物を買ってきなさい」
 珊瑚は人が群がっている露店を指す。草やらパンくずやらロクな食材しかないが、ミミズ肉よりはまだマシな味をしているだろう。
「わーい。ごはんごはんー」
 首から提げたがま口財布を握り締め、メイは露店へとスキップしていく。単純なところはまだまだ子供だ。
 その浮かれた足が、店のずっと手前でピタリと止まった。
「恭介発見!」
 メイが指差した先、遺跡の入り口あたりの地べたにぐったりと横たわる少年の姿があった。うつ伏せになって顔が見えないが間違えようがない。普段は異次元収納しているはずの巨大なうさぎのぬいぐるみが覆いかぶさっている。
「恭介ー! おにくー!!」
 珊瑚が止める間もなく、限界まで空腹のはずのメイが突進していく。なぜかスプーンを持って。
 そもそも兎は俊敏な動物だが、この時のメイはいつにも増して早かった。戦闘の時もそれくらい動いてくれればいいのにとぼやきたくなるくらい、キレのある動きをしている。
 電光石火のスプーンが恭介とうさぎのぬいぐるみを襲う。ぬいぐるみの腹に標的を絞り、布を切り裂いて白い綿が飛び散る――あれがズタボロになった様が脳裏をよぎり、珊瑚は咄嗟に腰に下げた鞭に手をやった。手加減はできないかもしれないが、メイを引き離さなければならない。ぬいぐるみを破壊されたと知ったら恭介がどんな暴挙に出るか、想像もつかない。
「ごはんのうらみはこわいのよっ」
 だが、メイには力がなさすぎた。カラフルなプラスチックスプーンがぽよんとぬいぐるみの腹を叩く。
「うしのこくまいりなのよっ」
 ぽよんと綿入りの腹がスプーンを押し返す。引き裂くどころか貫通すらしない。
「えいっ! えいっ!」
 子供用スプーンで懸命に叩くがダメージが通っている気配はない。そして恭介が起きる気配もない。珊瑚は鞭から手を離し、溜息を吐きつつ二人と一体のそばに寄って顔を覗き込む。少し頬がこけているようにも見えるが、恭介はとても穏やかな顔をして目を閉じていた。普段の小憎らしい顔がまるで天使のようだ。
「恭介しんだの?」
 ぬいぐるみの背にまたがったメイが珊瑚に聞く。
「いや、まだ生きているようだ」
 鼻の前に手をかざせば深い呼吸が掌に当たる。息はある。今度こそ安堵の息をついて珊瑚は恭介を仰向けに寝かせ直した。顔についた土を払ってやり、額に手を置く。熱もない。
「たべてもいい?」
 その様子をじっと見つめていたメイがまた聞いてきた。この少女は人間すら食べ物に見えるらしい。
 珊瑚はこめかみを揉む。この二人といる限り、頭痛と愚痴の種は尽きない。
「私は人間なんかさばきたくないぞ」
「ひとおもいにざくっと」
「するな」
 懐から取り出した緑の便所スリッパで兎娘の頭を叩く。抜けるような青空に、すぱーんと気持ちのいい音が響き渡る。

 それから小一時間。何故便所スリッパが懐に入っていたのか、そして何故スリッパに「シベリア○特急(洗面所用)」と書いてあるのか、珊瑚は大いに頭を悩ませていた。



『○月×日

 きょーすけにくぬすんだ
 おにくたべたい
 おにくおにくおにく
 きょーすけたべる    』

(メイファの日記より抜粋)

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